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宏盛建設の帝寶プロジェクト
20年ほど前、丹下都市建築設計で仕事をしていた時に、台湾の“宏盛建設”によるビッグプロジェクト“帝寶”を担当したことがありました。これは台湾でも最高水準の豪華マンションを計画するというものでした。そして、このプロジェクトで僕は初めて台湾の代銷公司(販売会社)に遭遇しました。
台湾のディベロッパーがわざわざ日本の丹下事務所に設計をオファーしてきたのですから、デザインを任せるということが目的であったはずです。台湾のローカルアーキテクトとしては三大建築師事務所が担当していましたが、彼らは建築ライセンスを取得するための法的手続きと最終的な実施設計図書をまとめるのが役割で、建物のデザインは我々に任されていました。
建物は6本のタワーと中央の“会館”と呼ばれる共用施設からなります。このうちタワーの部分は我々の提案が受け入れられたのですが、“会館”については代銷公司から待ったがかかりました。彼らの顧客の感覚と我々のデザインテイストは合わないというのです。何度か修正提案を繰り返したのですが、どうしても納得してもらえず、最終的には“会館”は彼ら自身が別の設計者を探して発注するということになってしまいました。
この“帝寶”プロジェクトを見ると、住棟のタワーは比較的シンプルな形をしているのに対し、中央のエントランス部分“会館”は西洋の古典様式の建物のようで、デザインが全く異なることが感じられると思います。それは、このような理由です。デザインを決めるにあたって、ディベロッパー、建築家よりも代銷公司の意見が重視されるということです。これが初めての台湾の集合住宅プロジェクトでの代銷公司との出会いでした。
▶ 帝宝 | 丹下都市建築設計
▶ 宏盛帝寶(Wikipedia)
台湾での代銷公司の存在意義
現在の仕事では、台湾の日系ディベロッパーの元で日常的な業務として集合住宅を担当しており、多くの台湾のディベロッパー、代銷公司と一緒に仕事をしています。過去のこのような経験があるので、台湾の代銷公司は一筋縄ではいかないと考えていたのですが、今付き合いのある代銷公司はそれなりにディベロッパーや建築師の意見を尊重してくれているように感じています。しかし、そうは言えやはりこの代銷公司は台湾では非常に特殊な存在です。何しろこういった業態は日本に存在しないのです。
ですので、この代銷公司が何をやっていて、なぜ台湾では必要になるのかを簡単に説明します。
台湾のディベロッパーが集合住宅を計画するにあたって、事業をマネージメントするスタッフは基本的に皆社員です。計画担当、契約担当などいくつかの役割があります。それに比べて販売時のスタッフというのは、販売期間にのみ必要になるため、内部スタッフとして留保せずに、外部の会社に委託するケースがほとんどです。ごくまれに社内に販売スタッフを持つ会社もありますが、これは僕の知っている範囲では2社しかありません。大部分の台湾のディベロッパーは、販売業務を代銷公司に委託して行っています。
これは、一つのディベロッパーで開発する案件が基本的に少ない、会社の事業としての規模が小さいというのが主な理由です。そこそこに有名なディベロッパーでも年間の案件の数は5つ以下というのが普通です。そうした場合販売要員を常時抱えておくのは人件費の負担になるというのが基本的な判断です。そのためにアウトソーシングをする。外部委託をするわけです。
これが日本の大手ディベロッパーの場合は異なります。年間数千の住宅を供給するような規模になると、自社で販売要員を擁して、自分たちの指示の通りに動かすことができます。
海悅國際開發股份有限公司
台湾で最も大規模な代銷公司“海悅”の事業規模を見てみましょう。
彼らは現在のHPを確認すると、北部で31件、中部で6件、南部で8件もの集合住宅を扱っています。この規模はディベロッパーのプロジェクト数と比べると圧倒的です。このような事業規模を持っていると、住宅販売に関しての様々なノウハウを持つことができ、マーケット調査についてもメリットを有します。
このようなノウハウを有する販売会社に対し、ディベロッパーの側の案件数は少ないので、プロジェクトを動かす際の力関係が微妙です。あくまでも事業の主体はディベロッパーなのですが、代銷公司の意見は有力なコンサルタントのものとして無視はできないという感じでしょうか。20年前の時点ではこのような力関係の下、宏盛建設は代銷公司の指示に従って我々のデザイン提案を採用しなかったということです。
消費者の声を反映するシステムとして
今付き合いのある代銷公司はそれほど無体な要求をしてくるわけではありません。事業のイニシアティブはあくまでディベロッパーにあります。しかし、直接販売に関わる代銷公司の販売現場での声は、事業を進めていくにあたって考慮せざるを得ません。日本では同じ会社内の力関係で、そういう意見があっても事業推進部門の意見が重んじられる傾向にあると思います。これが台湾では対等な二つの会社間の関係になるわけで、代銷公司側はディベロッパーに対して常にその意見を伝え続けていきます。また代銷公司の側の方の販売に関するノウハウのほうが圧倒的に多いわけで、その点も代銷公司に有利です。
このように台湾では有力な代銷公司がプロジェクト推進に大きくからんでくるという形で、消費者の声を事業計画に反映しやすいシステムになっているのではないか、というのが僕の考えていることです。
このことは、良い面も悪い面もあります。良い面としては購買する消費者の声が多い場合それを建築計画に反映させる筋道があるということです。台湾の集合住宅が日本と異なった形に発展してきているのは、このようなルートで消費者の意見が計画する際の与条件として組み込まれた結果なのだろうと僕は考えています。
悪い面としては、代銷公司の声ばかりを聞いていると、何も新しいことができなくなるということですね。代銷公司の意見は販売の現場での消費者の声を取りまとめたものです。そこには住宅の未来を見つめるというような視点はほとんどなく、生活上のこまごまとした要求を伝えてきているものでしかありません。販売する際マイナスとなるような部分を消すという意味合いしかありません。新たな提案というようなものは、そこからは生まれてきません。
消費者の要求にフレキシブルに対応する
下は、台湾に長く住んでいる木下氏(愛称はSuper G)の台湾社会に対する見方を紹介しているYouTube番組です。ここでは台湾の弁当屋さんを題材にして、消費者の要求に柔軟に対応する店員さんの様子を面白く説明しています。
題材は全く違うのですが、理念として消費者の要求にフレキシブルに対応することを伝えており、その点、住宅建設プロジェクトでも同じようなことが言えるように思います。その消費者の声を反映するシステムとして代銷公司が大きな役割を果たしているのではないでしょうか。
この記事は僕がNoteというブログに書いたものを転載しています。台湾の建築文化についていろいろと書いていますので、興味がありましたらご覧ください。
▶ 【台湾建築雑感】代銷公司:販売会社(Note)
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